診療時間
9:00-12:00 / 13:00-17:00
休診日
土・日・祝・お盆・年末年始
*訪問看護と連携して24時間365日対応いたします
*外来は完全予約制です
2026.07.02
コラム

~「希望」ということばの本質を探る日々~

Writen by 秋田 大輔
秋田 大輔

当診療所では、“組織の成長のための時間”を定期的に設けている。

現時点での組織理念をチーム全員で共有すること、組織のフェーズに合わせて理念自体をブラッシュアップすること、チーム全員がその理念にベクトルが向いているかを確認すること。

医療現場ではよくみられる、患者さんに関するカンファレンスではなく、あくまでも我々“なや診療所のための時間”を大切にしている。

そこでは、議論を通じて何かしらの結論を出すというよりも、対話を通じてチーム全員の思いを棚卸しするような意識をもって、メンバー同士で問いを出し合いながら、新たな気づきが得られることもあれば、気づきはなくとも何となく心の“もや”が晴れるような感覚を得られることもある。心の“もや”が必ずしも晴れるとは限らないが、この“気持ちの棚卸しをする”ことが、気づきへ第一歩だと私は思っている。

先日、この時間の中で『NHKスペシャル 未完のバトン・最終回 “最期”の希望 長寿社会の果てに』という番組をチーム全員で観賞した。

在宅医療の第一人者であり、医療の枠を超えて「人の生き方」に寄り添う在宅医療を実践し続けておられる市橋 亮一医師の密着ドキュメンタリーだ。

市橋医師は、死期が迫る患者さんやそのご家族との向き合う中で、“どうすれば希望を失わずに最期を迎えられるか?”を模索し続けておられるという。

番組内で、市橋医師は安楽死が合法的に認められているオランダに赴き、安楽死を選択する患者さんとそれをサポートする医師、安楽死を選んだ患者さんの配偶者らとの対話を通じて、なお自身は希望を探り続けたいという思いに至っている場面もあった。

安楽死を選択する方にとって、生が絶望で死が希望になりうる。死を選択することもその人の権利である。そんなやりとりを目にして、私の頭の中に一つの問いが浮かぶ。

“希望”とは何か?

好きな映画を観ること、美味しいものを食べること、大切な人と一緒に過ごすこと、、、

人それぞれ希望の中身は異なるのかもしれない。

これまでの自分の中では、希望=明るい未来という認識だったが、実はそんなにキラキラしたものではなく、もっと泥臭い、生きる上での本質的なものなのではないか。

希望とは?という問いを探索するのが難しかったので、人が希望を失うのはどんな時か?という問いに変換してみると、少し解めいたものがみえてきた。

その人なりの“役割”を失った時に、人は希望を失うのかもしれないと。

“希望”は、役割を果たす中で見いだされる、存在価値を裏付けてくれる何か。

(ここで筆がとまる)

そしてついに、希望とは?の解が出た。

希望とは支えである。

“自分が誰かに(何かに)支えられている”、“自分が誰かの(何かの)支えになっている”と思えるときに、人は希望を失わずにすむのかもしれない。

そして“自分が誰かに(何かに)支えられている”は必要条件であり、“自分が誰かの(何かの)支えになっていると思える”が十分条件である。

つまり、我々医療従事者は患者さんを“支援を受ける人”としてだけみるだけではなく、“だれかを支援できる人”として向き合う視点が重要である。

どんな状況になっても、生涯プレーヤーであり続けることを支援する。

我々なや診療所はこれを目指していく。

お知らせ一覧へもどる